2011年3月29日火曜日

新しい絵

例えば過去に見たアニメ、映画、テレビには街が壊れ、得体の知れない恐怖、汚染された荒れ地が描かれていましたし、そこで立ち上がるヒーローを見てボクらは心を震わせたものです。


今、この日本で起こっていることが、なぜか昔にも見たようなそんな錯覚を起こすのはこれが原因だよな、と友人が話してくれました。やはり表現することは近しい未来を予言するのだと感じました。


とてつもなく大きな津波がボクらの心のある部分を飲み込んでいきました。連れ去られたある部分はまるごと戻ってくることはないかもしれません。それがボクらを不安にさせているのだろうし、以前なら素敵で憧れたものがどうも薄っぺらく思えたりします。


荒れ地から生まれるヒーローも、得体のしれない怪獣も、そのどちらともがボクらの想像力が生み出したものです。想像力は記憶の蓄積、つまりは遺伝子から生まれてくるものですが、今、ボクらを脅かす放射能はその遺伝子を変化させるようです。


「悪いもの、危険なもの、やっかいなもの」


「共存すること」がボクらのこれからのテーマなのであれば、やっかいなものすべてを排除して暗い闇へと追いやるだけではなんの解決にもならない気がしています。そしてこの試練は生きるボクらを新しい次元へと上げるためのものだと感じます。


遺伝子の世界でどんなことが起こるのか?検討もつきませんが、ボクは遺伝子のなかにも「心」のようなものがあると信じていますし、そうでなければ 神様が人間に心を与える必要はないはずです。だから無心に祈ることが、なんらかの影響を遺伝子に与えることもある気がするのです。


桜の樹には新しい花の蕾があたたかな光に呼ばれ、ひらこうとしています。この空の上にはボクらをひらこうとする大きな存在があるのでしょう。だからついボクらは空を見上げてしまうのです。


ボクらの中の眠っている力を、もう一度。
遺伝子にまで響くように、、祈るように、、いつかの未来へと届くような、新しい絵をボクらが描かなければ、、と感じているのです。

2011年3月7日月曜日

あれから

1998年の11月。「チャンキー松本展」 

当時、生まれて初めての個展を天満橋にある「マニフェストギャラリー」でさせてもらいました。小さな会場の壁全面にアクリル絵具で描いた作品をただ並べるだけでした。たいした技術もないボクはとにかくパワー全開で見る人を圧倒させようとしていたのです。「チャンキー松本」という名前を世の中にアピールすることしか考えていませんでした。 

あれからほぼ毎年のように展覧会をさせてもらうようになりました。よく東京でやればイイのに、、と言われましたけど、そない大金を使ってまで、絵に自信もなければ、なによりも面倒くさいなあ〜と思っていました。 

ボクがお世話になったギャラリーのオーナーさんはみな親身になって作品の展示を共に考えてくれました。作家は日々の創作に必死で、展示するその締め切り間近には、展示にたいしてのクリエイティブなエネルギーが落ちていたり、ボクなどは膨大な量の前でどう整理すればいいのか?わからないわけです。そんな時にオーナーのみなさんがいろいろとアイデアを出してくれることに助けられてきたからこそ個展を開くことができたのです。 

最近になってやっと作品も売れるようになりましたが、以前はまったく売れませんでした。企画展なので売れなければギャラリーだって儲かりません。もうしわけなく感じましたが自分ではどうすることもできませんし、そのくせ毎年のように作風が変化してゆきました。自分の心の変化が露骨に作品に現れ、せっかく好評だった作風すらも壊してゆくのですから、それでは売れるはずありません。 

2011年2月。「おいてけぼりの町」 

今回もギャラリー「月夜と少年」のオーナー吉田夫妻と共に展示を考えました。作品の中身と展示との間にブレがない、気持ちの良い個展となりました。この「絵を読む」という展示方法は、お客さんが自分のテンポで絵に向き合えるように、と考えました。そこには「チャンキー松本」という存在が消えて欲しいと思います。絵と向き合うことで、自分の記憶を呼び起こせるような、そんな時間をお客さんに持って欲しいと思っています。 

あと2日間、楽しんでまいります。20日の最終日はボクのワンマンショーです。なんとなく描いたり、読んだり、唄ったりしますので、どうぞ遊びにいらしてくださいね。

プロ

プロという言葉には「前、先取り」などの意味があるようです。仕事などの効率を優先する場合にはこの先を読む力が必要となるでしょう。 

少し先を読んで行動すること、、すばらしい能力だと思いますが、ただこのプロを意味する「先取り」でもって対話すると大切なことを見逃すおそれもあろうかと思います。 

例えば、相手の言うことを先周りして「君の言いたいことはこうだね!」なんて口をはさむ経験が誰にでもあると思いますが、これは注意しなければいけません。話す人の「心の深い所」から浮かんできそうな言葉を聞く側が口をはさむことによって、それが引っ込んでしまうからです。 

心は「浮き」のように水面へ浮かびたいのですが、効率優先の日常では浮かぶことはできず沈みっぱなしです。心という「浮き」がポカ〜んと顔を見せるような、、そんな風景に出会いたいと思います。 

日常のテンポを少し落とし、今この瞬間から得れる、できるだけ多くのものをキャッチし、相手が楽に投げれるようにすること。 

浮かんでくる心を、、静かに待つこと。

おいてけぼりの町

そこはかつての私が暮らしていた町です。 
朝も夕日も夜も海も花も山も坂道も、、そのすべての景色にかつての私がいました。 

3年前の夏のことです。私は島根県にある小さな海の家へ訪れました。そこで私を待っていたものは日本海へ沈んでいく美しい夕陽でした。砂浜に捨てられていたボロ椅子に腰掛け、2時間ほど夕陽が見えなくなるまで、私は空を眺めていたのです。 

その年の春、家のベランダにはシンビジュウムの花が大量に咲いてくれたので、私は花へ感謝の想いを込めて最後の一輪が枯れ落ちるまで毎日、花を描き続けました。 

落ちてゆく夕陽を見つめることが、枯れてゆく花を描くことと自分の中で重なっているように感じました。 

大阪へ戻って、見てきた夕陽を絵に遺そうと絵の具で描いたのですが、どうもピンときませんでした。ちょうどその頃、たまたま友人から「貼り絵の先生をやってくれませんか」と言われ、試作品を作るとこれが楽しくて「そうだ!貼り絵であの夕陽を描いてみよう」と、夏から秋にかけて60点ほどの貼り絵作品が出来上がりました。 

そして2010年の夏、また友人から貼り絵の制作依頼があり、これがきっかけで再度貼り絵ブームがおこり50点ほどの作品が出来たのです。 

2010年は私の環境が一変しました。心おちつける場所をなくし、日々を忙しく過ごしました。この貼り絵を作る僅かな時間だけは、まるで瞑想でもしているかのように心を静めることができたのです。おちつきのない私の心に軽い「おもし」のような役目をしてくれたのが貼り絵でした。 

貼り絵に浮かぶ景色は私がおいてけぼりにした景色です。でもなにかの拍子に立ち止まった時、目の前に現れるような、、どこかで私を待ってくれているのでしょうか? 

その「おいてけぼりの町」では、今でも私が暮らしているかもしれません。 



 ボクの個展「おいてけぼりの町」が2月7日より20日まで大阪靭公園近くにあります「月夜と少年」というギャラリーで開催します。今回は「貼り絵」作品を展示します。ちょっと変わった展示方法で作品を見ていただきます。2月13日の日曜日は終日、誰でも参加できる貼り絵教室をします。参加費は500円です。2月20日はボクのワンマンショーです。夕方6時からちょこまかいろいろとやってみます。こちらは参加費1000円となります。気楽に遊びにいらしてくださいね。水曜日は休廊させてもらいます。

静けさ

先日のこと、滋賀県湖北で活動する若手農家組織「コネファ」のメンバー、清水さんから「冬の湖北もイイですよ。あたりは雪に覆われて、、雪がしんしんと降るのを見るのが好きです。」と聞いた時、冬の湖北に行って絵を描こうと思いました。 

人の顔を描く時、私はその人の中にある「静けさ」を描きたいと思っています。コネファのメンバーはみな楽しい人ばかりですが、絵のモデルになってもらうと独特の静けさを持っていることに気がつきました。ボクはその「静けさ」の源泉を見に冬の湖北へといったのです。 

雪に覆われた田んぼでは作業もできませんから、仕事中もゆったりとした時間が流れていました。田んぼにはたくさんの鳥がえさを探してる姿が見えます。土は静かに眠っているようにも思えますが、きっときたるべき春のために力を蓄えているのでしょう。 

この静けさの中に、新しい力が宿るのです。 

そのコネファと大阪アメリカ村にあるディグミーアウトカフェとの共同企画イベントが開催されます。「農場アート祭」と題して2月3日からコネファのメンバーや活動を写真にした作品やボクは30点ほどの絵を展示します。6日の17時からはメンバーたちとのトークショーに参加します。会場はマルシェあり、野菜を使った料理ありと楽しそうです。入場無料ですのでどうぞおこしくださいね。